第10話
キーを叩きながら



 今から10年以上前、一つのコンテストがあった。その名前は「ブルトン・レイ シナリオコンテスト」
 今回はこのコンテストの思い出話をしよう。

 当時、僕は高校生だった。文章を書くことは好きだったが本格的にストーリーを書くまでは至っていなかった頃だ。家にはPC−9801があったが、当時の僕はパソコンはゲームをするためのものだという認識を持っていた。 親の目を盗んではゲームばかりしていたのだ。
 そんな中、僕は1本のゲームに出会った。「ティル・ナ・ノーグ」というゲームだ。最近ウインドウズ版に移植されたので知っている人もいるかも知れない。 ケルト神話をモチーフにしたこのRPGの特徴はプレイする度にシナリオからマップまで、全てが変わるというシナリオジェネレータを搭載していたことだった。
 実際は大体似たようなストーリーで、細部が異なる程度だったのだが当時の僕はこのゲームに心奪われた。いたく感心した。
 さて「ティル・ナ・ノーグ」というのはそんなゲームであったのだが、僕が高校3年になったとき、新しいゲームが現れた。「ブルトン・レイ」というそのゲームは「ティル・ナ・ノーグ」の続編に位置づけされていた。 「ティル・ナ・ノーグ」と違うところは、シナリオジェネレータではなくシナリオメイキングそのものが出来る機能があったことだ。(発売当初は無かったがそのすぐ後にシナリオエディタが発売された) また、どちらかというとシミュレーションゲーム的な画面だった「ティル・ナ・ノーグ」とは違い美麗な画面で、よりRPGと言えた。 ブルトン・レイ(ブルターニュ地方の民話)というタイトルであったがキャラクターにガウェインとか緑の騎士などと相変わらずアイリッシュなテイストが残っており僕はこのゲームも気に入っていた。

 そしてこの「ブルトン・レイ」が発売されてまもなく、コンプティーク誌上で「シナリオコンテスト」が行われたのだった。 具体的には、ユーザーから実際にシナリオエディタで作成したシナリオデータを編集部に送り、優れた作品はそのまま製品として発売されるというものだった。

*

*

 僕はこれに参加することにした。大学受験も迫っていたけれど参加しなければならないような、そんな気にすらなっていた。
 そして僕はほとんど触ったことがなかったキーボードを叩き始めたのだった。ストーリーはこうだ。
 「今まで平和に暮らしていた世界に、最近不埒な輩がはびこるようになった。自分の仲間や手下が凶悪な敵に倒されていく。自分は王だ。どうやら敵は自分を狙っているらしい。本来ならば手下に撃退してもらいたいところだが敵はあまりに強力。 やむなく王自らが出陣することになったのだ。倒す敵は『光の聖騎士』などと名乗る人間共だ!」
 …要するにRPGでおなじみの面々が登場するわけだけれども主人公(=プレイヤー)がモンスター側、という話だ。初めは普通の戦士などが現れるが、ストーリーが進むに連れてお互いが主力を率いてお互いの城を目指す展開になり、 聖騎士やらLV50魔術師などといった強そうな面々が登場するようになる。
 ストーリーとしては主人公が見事人間の王の城を制圧し、王を撃破する…のだがそれは実は替え玉で王は陣頭指揮を執って主人公の城に襲いかかっていたという展開だ。主人公は居城にとって返して本物の王を打倒する。

 当時の僕は、かなりの自信を持っていたように思う。簡単には思いつかない、誰もが考えないようなネタというのはいつでも強い武器になる。当時の僕もそう考え、このようなストーリーを考えたのだ。
 そして、満を持してコンプティーク編集部に応募したのだった。
 それから数ヶ月。コンプティーク誌上に、僕の名前は載った。でもそれは、参加した人の一覧というところだった。つまり、落選したのだ。
 どうして落選したのか、当時の僕は分からなかった。誌上ではすぐに第2回が行われることとなったが、僕はもう参加しなかった。大学受験が本格的に迫ってきていたこともあった。

 でも、今ならなぜ落選したのか分かるような気がするのだ。もし僕が審査員なら、出来にもよるだろうけど多分落選させただろう。理由は「簡単に思いつく」からだ。
 既存の設定を裏返しにすることは、全てが裏返しなので確かに一見誰も思いつかないような、いいネタのように思える。しかし実際は簡単に思いつくのだ。本当に意外性のある設定というのは「ごく普通のように見えて、そのじつどこにもない」というものだ。 こういう設定を作るためには、その設定を含む全ての要素を内包するもの(世界、という言い方をしてもいいと思う)の本質が分かっていないといけない。 僕の作った物語は、一見意外性があるように見えるが、裏から見ているだけで表から見直してみればごくごく普通の物語だ。ということは裏から見ても先の展開は同じ。(どっちが勝利するか、という違いはあるけれど結末までの流れは同じだ)
 そんな先がすぐに読めてしまう設定は面白くないのだ。

 結局このシナリオコンテストで得た物は特になかった。受賞もしなかったし、設定の考え方というようなことも少なくとも当時は全く理解しないまま終わってしまった。
 ただ時間だけが、無為に過ぎていった。そんな感じだった。
 しかし、のちに「得た物はあった」と言えることがたった1つだけあることに気が付いたのだった。
 それは「ブラインドタッチ」。シナリオコンテストでは設定だけでなく実際にキャラクターの喋る台詞なども全てデータとして入力しなければならなかった。僕は最初全然ブラインドタッチが出来なかった。 少なくともどのキーがどこにあるんだ?などと思いながら入力していては肝心の台詞の方を忘れてしまいそうになるくらい、全然ダメだった。なので初めはノートに文章を書き、それを見ながら入力するという方法を採っていた。
 ところが、しばらくそうしているうちに段々入力速度が速くなってきていることに気が付いた。
 ストーリーは最後まで作ってあったわけではなかったのだが、そのうち入力の方が追いついてしまい、最終的には今こうしているように文章を頭の中で考えながら普通に入力出来るようになっていたのだった。

*

 好きこそ物の上手なれ、という。実際その通りだと思う。
 シナリオコンテストでブラインドタッチが出来るようになっていなければ、その後大学でもそんなにキーに触ることはなかったかも知れない。そしてその結果、もし今と同じ道を歩んでいたとしても今よりもっと苦労していたことだろう。
 そういう意味では、あのコンテストは僕にとって確かに意味のあるものだったのかも知れない、などと思うのだった。
 こうしてキーを叩きながら、今日も。

つづく



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