99.08.17(Tyr) ピーターパンとウェンディ

 1

 僕とピーターは、ホバークラフトのような乗り物に乗って、川を北上していた。
 僕の隣には、美しい金髪を持った一人の少女が小さくうずくまっていた。歳は大体10歳程度だろうか、僕やピーターと同い年くらいに思えた。  彼女は、名前をウェンディと言った。ピーターもそうだが、そのウェンディという名前が本名なのか、それとも偽りの名前なのか僕には分からなかった。そして彼らがどういう人たちで、どうして自分が一緒に行動しているかも分からなかった。 それどころか、自分が何者で、何という名前なのかも知らないのだ。分かっていることといえば、ただ互いにそういう名前で呼び合っていること、そして…。
 僕は後ろを振り返った。ホバークラフトの後ろから、猛スピードで追い上げてくるボートがいた。操縦席に数人の男が乗っているのが確認できる。
 どうやら、僕たちはボートの男に追われているらしかった。いや、正確には追われているのはウェンディだけのようだ。僕とピーターはウェンディをどこかに逃がすために、こうしてホバークラフトを飛ばしているのだ。
 と、何の合図もなく唐突にボートの男が発砲した。見るとその銃口は明らかに僕たちを狙っている。どうやら脅しではないようだ。だがしかし、弾丸は僕たちの周りをぐるりと囲んでいるネットに阻まれた。
「この防弾ネットがあるから大丈夫さ」
 ピーターはそういって不敵に笑った。僕たちの乗るホバークラフトはゴム製のボディの上にただ平らな部分があるだけの作りだ。そしてその周りを、さながらフェンスのようにネットが張られているのだ。どうやって走っているのかは分からない。
 僕たちは川からさらに陸に上がり、湿地を抜け、草原を飛ばした。ホバークラフトならではだ。
「あの小川に入ろう」
 ピーターはそう言って指さした。見ると本当に小さな、せせらぎとしか形容できないような小川が見えた。
 ホバークラフトで小川に乗り込んでみる。川幅はちょうどホバークラフト1台分ほどしかない。しかも小川の両岸は森のように木々がせり出していて視界が悪く、また横にそれることも出来そうになかった。 しかし数十分ほど進み続けると僕たちは突然開けた場所に出た。川はもうなかった。

 2

 そこは何故だかとても懐かしい感じのする場所だった。
 左手にはフェンスがあり、その向こうは湿地帯のようになっていた。フェンスの手前には比較的幅の広い道が、上り坂となって彼方まで続いている。そして道の右側には家が2軒建っていた。家と家の間隔はかなり離れており、家の周りは芝生になっていた。
 僕たちは迷うことなく一斉に手前の家に飛び込んだ。家の中は外見と裏腹に、非常に複雑な構造をしていた。どこをどう通ったのか、もう覚えていない。気が付くと、最上階にいた。後ろからは相変わらず男たちの足音が聞こえてくる。
 ふと目の前を見ると、そこには不思議な通路があった。螺旋状になっている下り通路で、しかも階段ではなく斜面になっている。
「ここから外に出られる」
 ピーターが通路を進み始めた。僕とウェンディもあとに続く。通路の壁が妙に白い。その白さのせいか、時間の感覚が薄れていくような気がした。
 そして、どれだけ進んだのだろうか、延々と同じ景色が続き地の底まで行ってしまうのかと思い始めた頃、僕たちはようやく最下層に到着した。そこは2、3メートル四方程度の小さな空間で、壁の一カ所に小さな穴が開いていた。
「ここが出口だ」
 僕たちは穴を抜けた。するとそこには家の玄関扉があった。扉を開けると、再び家の前に出た。あの懐かしい景色が眼前に広がる。…いつの間にか後ろの男たちの気配が消え失せていることに気が付いた。
 僕はふと隣の家を見た。隣の家は、4、5階建ての木骨造りで、ぱっと見た感じでは宿のようだった。家全体が少しすすけたような感じで、どうやら何十年も前に建てられた物のようだった。家の前の芝生には木製のテーブルやベンチが雑然と置かれている。 そしてその周囲に10人ほど、僕たちと同じくらいの歳の子供たちが遊んでいた。よく見ると家の前には恰幅のいいおばあさんが立っている。一見のどかな景色だったが、しかしピーターは呟いた。
「あの家のグランマ(おばあさん)が黒幕なんだ。気を付けろ」
 しかし次の瞬間、僕たちは子供たちに囲まれていた。それはあっという間の出来事だった。ウェンディが子供たちに捕まってしまった!
「しまった、こいつら手下だったんだ!」
 僕とピーターは一旦逃走した。ウェンディはというとベンチに座らされ、その周りを子供たちがぐるりと取り囲んで監視している。どうにか螺旋通路の家の裏まで逃げることに成功した僕たちは、そこで作戦会議を開くことにした。
「…なあ、あいつらをどうにかしたらもうウェンディは安全になるのか?」
 僕が聞くと、ピーターは頷いた。
「そうだ。あいつらが最後の敵だ。あいつらを倒せば、もう敵はいない」
 しかしすぐに、
「でもあいつらは相当手強い。普通に戦ったら勝てないな」
「…そうだ、グランマがあの家の中に入ってしまえばいいんじゃないか?」
 ピーターは首を振った。
「グランマはそう簡単には家には入らないんだ」
「いや、家の中に入るのを待つんじゃなくて、家の中に誘い込むんだ」
「…そうか!家の中に入らないといけないようにすればいいんだな。問題はどうやって誘い込むか…」
 ピーターはぐるぐる回って、やがて膝を叩いた。
「確かグランマはネズミが苦手なんだ。家の中にネズミを放り込めば慌てて飛び込んでやっつけようとするだろう」
 そう言うや否や、ピーターは素早く広場を駆け抜け窓から宿に躍り込んだ。子供たちはピーターの素早さに対応できず、またグランマは宿の中に飛び込んだその事実に全く気づいていないようだった。そして僕は、十分行って戻れるほどの距離まで移動し、 「その時」が訪れるのをじっと待った。
 程なくして宿の中から皿が割れる音と何やらドタバタと騒々しい音がし、「ネズミだーー!」というピーターの声が響きわたった。グランマは飛び上がらんほどに驚き、半狂乱となって宿に飛び込んだ。 子供たちはというと、皆どうしていいのか分からずただ右往左往するだけである。
 僕は悠然とウェンディに近づくと、彼女の手を取った。
「さあ、行こう。もう大丈夫だよ」
 もはや彼女を取り囲んでいた子供たちはいなくなっていた。僕とウェンディは何の障害もなく螺旋通路の家の前に戻ることが出来たのだった。
 家の玄関前に来ると突然ウェンディが僕に抱きつき、そして小さな声で「ありがとう…」と言った。僕は宿を見た。宿はさきほどの騒乱が嘘のように静まり返っている。ピーターがどうなったかも全く分からない。
 僕はこの場でどうしていいのか分からず、ただ彼女の肩を抱き、その美しい髪をそっと撫でていた。
 …彼女の金髪が妙に眩しかった。



 こうして書き出してみると、当たり前ですがあちこちで話が破綻しているし、何が何やら分からない設定です。…防弾ネットって何だよ。ネットじゃ弾は止められないだろう!
 ウェンディがやけに可愛かった気がします。でもどんな顔をしていたか全く思い出せません。大抵こういう夢に出てくる可愛い子、というのは自分の理想のタイプであったり過去に好きだった子だったりするものですが、 思い出せないということは新キャラかも知れません。




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